Senin, 12 April 2021

“もらい泣き中継”55秒の沈黙に松山との10年「実況が邪魔」小笠原アナ - ニッカンスポーツ

<米男子ゴルフツアー:マスターズ>◇最終日◇11日(日本時間12日)◇米ジョージア州・オーガスタ・ナショナルGC(7475ヤード、パー72)◇有観客開催

ゴルフに導いてくれた男が、西日を浴びるグリーンで歴史をつくろうとしていた。ウイニングパットを沈める。この10年、松山英樹が優勝した時にしゃべることを考え続けてきた。それが運命だと思っていた。ただ、気持ちはあふれすぎた。

米男子ツアー、マスターズで松山英樹(29=LEXUS)が日本人初のメジャー制覇を成し遂げた。その姿を生放送で伝えたTBSの実況&解説陣の“もらい泣き中継”が、米中継局のCBSでも流されるなど、大きな注目を集めた。解説の中嶋常幸、宮里優作とともにメイン実況を務めた小笠原亘アナウンサー(48)には「放送事故ですね」と自ら話す55秒の沈黙もあった。実況者と選手、2人の10年間の歩みを聞きました。

    ◇   ◇

「松山英樹、マスターズを勝ちました! ついに、日本人がグリーンジャケットに袖を通します。日本人が招待されて85年、ついに、ついに、世界の頂点に松山は立ってくれました!」

そう事実を伝えると、もう言葉が出なかった。目の前では観客、関係者の祝福を受ける松山の姿が映像に映し出されている。見ても、言葉が出ない。

「10年の道のりは決して平たんではありませんでした」。音声に次の実況を乗せたのは55秒後だった。もう涙声になっていた。隣の中嶋常幸は突っ伏して震えている。話題を振っても「はい…」とはなをすするような音。おえつとともに「すいません…。後半苦しかったから、本当に良かった」が精いっぱい。宮里優作も上を向いて涙をこらえていた。「どうですか?」と振ると、「ほんとにこんな日が来るなんてね」と何とか言葉をつなぐ。3人が涙に涙、「もらい泣き実況」はお茶の間にも、世界にも偉業のすごさを知らせた。

それから約6時間後、その実況の裏話を聞くと、「55秒ですか、放送事故ですね、それは…」と苦笑いした。「そんなに間を取るなんて、恐ろしいですね…。涙ですか、なんでだろう。『ありがとう』っていう涙、なのかなあ。勝手に個人的に思いこみだけで、松山選手のおかげで今があると思っていたので」。実況者と選手。2人にも10年の歴史があった。

初対面は10年のアジアアマ選手権。松山が優勝して、マスターズ切符をつかんだ大会で、ゴルフでは初のメイン実況を務めた。日本の出場枠10人の10人目で滑り込み出場した19歳は、後半の猛追で優勝し、オーガスタ行きを決めた。「会社がそのご褒美でマスターズに連れて行ってくれると」。現地では4日間、松山に付いた。詳しくメモを取っていくと、結果はローアマ。「必ず戻ってくる」と宣言して迎えた翌年のアジアアマ選手権も連覇し、その姿も実況した。プロになる前、まだ体が細かった頃から話を聞いてきた。「勝手に運命的なものを感じてて」。13年、国内ツアーで賞金を決めたカシオワールドオープンなど、節目には実況と快挙が重なった。

16年のマスターズ。この大会からメイン実況に抜てきが決まった。松山が最終日最終組の1つ前で優勝争いする姿を伝えながら、思いは確信になった。「絶対に僕の代で松山英樹の優勝をしゃべるんだと。絶対に僕の代で勝ってくれると」。

今年、初日を前にしたTBS中継班みんなの全体ミーティングで言った。「松山が勝つと思ってやろう」。勝ち星は遠かったが、機運を感じていた。東日本大震災から10年。11年のアジアアマで「少しでも僕のプレーで喜びを与えられたらと」と話す姿を思い出していた。さらに、「コーチをつけるのはよっぽどの事」。長年接してきたからこそ、覚悟を感じた。だから「今年やるんじゃないか」と口に出していた。

4日間はホテルと赤坂のTBSの往復。昼夜逆転でも、昼下がりにリフレッシュをかねて皇居を歩いた。「優勝したら何を話そうかな」。ためてきた資料はスーツケース1杯分あった。ただ、最終日は、その一切に目を通さなかった。4打差のリード。「松山選手の事ならいくらでもしゃべれるかなあ。それに任せてしゃべってみるのもいいかな」。気持ちが固まった。

マスターズはもともと、実況がなくても完結する唯一のコースだと感じている。「映像もきれい、鳥のさえずりも聞こえる特殊な場所。ショット音だけでも魅せられる場所というのは世界の中にもないと思う。実況が邪魔しちゃいけない」。常にその思いがあった。

確かに、松山のウイニングパットの直前も、鳥の鳴き声が聞こえる。ただ、55秒の沈黙は、まったく意図したものではなかった。考えていた優勝時のフレーズは口から出なかった。「勝手に僕がそう思っているだけなんですけど」と謙遜するが、実況席からその姿を伝えてきた時間が、あの55秒を生んだ。

今年は新型コロナウイルスにより、現地からの実況はかなわなかった。直接の祝福を言える機会は少し先になりそうだ。ただ、「もらい泣き実況」仲間の中嶋は放送後、「これでまたとんでもない選手になる。マスターズ、あと何回か勝つんじゃないかな」と予告していた。

「次は20秒くらいの沈黙で、すぱすぱいきますよ(笑い)」

冗談交じりも、予感は十分。また、感謝を込めて勝つ姿に声を重ねる機会を心待ちにしている。【阿部健吾】

◆小笠原亘(おがさわら・わたる)1973年(昭48)3月1日、岩手県北上市生まれ。東洋大をへて96年にTBSに入社。主にスポーツ中継に携わり、野球、相撲など幅広い競技を担当。12年ロンドン五輪ではボクシングの村田諒太の金メダルを実況した。現在はひるおび(火曜日)、炎の体育会TV(不定期)などを担当。TBSラジオでは「ジェーン・スー 生活は踊る」の月曜パートナーを務める。スポーツ歴は高校で柔道(初段)、大学で競技スキー。

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2021-04-12 09:00:00Z
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