
<ホワイトソックス5-6エンゼルス>◇1日(日本時間2日)◇ギャランティードレートフィールド
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2022-05-01 21:43:00Z
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<ホワイトソックス5-6エンゼルス>◇1日(日本時間2日)◇ギャランティードレートフィールド

【阿部勇樹さん】(ツイッターより)
「2003年ジェフの監督になり、まだまだこどもだっだ、自分を鍛えてくれた恩師!
オシム監督から、サッカーとは何か。
人生とは何か。教えていただきました。
今の自分があるのは、オシム監督の指導のおかげです!
またお会いにいって、サッカーの話をいっぱいしたかった」
「オシム監督から学んだ事は、自分の今後の人生で大事な事であり、それをしっかりと伝えていけるように頑張ります。
サッカーが好きで好きでたまらない、オシム監督!感謝しております。
日本に来てくれてありがとうございます。
必ず報告しに行きます。
心よりご冥福をお祈りいたします」
【巻誠一郎さん】(ツイッターより)
「オシムさん
僕にとってオシムさんはサッカーだけでなく、人生の師です。
伝えたい事が溢れすぎて、書ききれません。
1つだけ言える事は、サッカーを辞めた今でもオシムさんの教えを体現しています。
これからの人生もオシムさんから学んだ事を体現していきます。
ゆっくり休んでください」
【西川周作選手】(ツイッターより)
「僕を初めてA代表に呼んでいただいた監督がオシムさんでした。
オシムさんとの時間は貴重で感謝しかありません。
ご逝去の報に接し、心よりお悔やみ申し上げます」
【鈴木啓太さん】(ツイッターより)
「オシムさんがお亡くなりになりました。
私にとって、サッカーというものが何かを教えていただき、その後の人生にも大きな影響を与えてくださった方です。
本当にありがとうございました。
ゆっくり休んでください」
【斎藤大輔さん】(ツイッターより)
「感謝してもしきれない…
オシムさんにはサッカーの厳しさ、本当の楽しさを学ばせてもらいました。
愛のある厳しい言葉の数々を決して忘れません。
心よりご冥福をお祈りいたします」
【播戸竜二さん】(ツイッターより)
「日本代表に初めて呼んでくれたオシムさん。
一生感謝します。ありがとうございました。
ゆっくりお休みください」
【水野晃樹さん】(ツイッターより)
「ジェフを日本を進化させ影響をもたらした。オシムさんの功績は計り知れないもの。『走るサッカー』ナビスコカップの前夜祭で『走るだけでサッカーしてないんですか?』と発言し司会者を困らせた。
ミーティングのホワイトボードが真っ白で『何も話すことはない』『なぜならこの日の為に練習してきた』」
「オシムさんに出会わなければ
サッカーの楽しさ、奥深さにも出会わなかったと思う。
そして特徴を見出してもらえた。
見た目は怖くて無愛想だけど瞳の奥は愛に満ちた厳しいものと我が子を見る優しい瞳。
またオシムさんに会うことが一つの夢でした。
会えなかったことを一生後悔するだろう」
「日本を離れた後でも『日本人プレーヤーで好きな選手』で名前を上げてもらっていたのにその恩返しを出来ずにいた自分はオシムさんに合う資格がないと思い会いに行けなかった。
何故そんな格好つけてしまったのか
何故その一歩を踏み出せなかったのか
何を言ってももう会えない」

<ホワイトソックス-エンゼルス>◇1日(日本時間2日)◇ギャランティードレートフィールド
サッカー元日本代表監督のイビチャ・オシムさんが1日、自宅のあるオーストリア・グラーツで死去した。80歳だった。関係者が明らかにした。
機知に富む「オシム語録」は心に響き、皮肉っぽいユーモアには人としての温かみがある。イビチャ・オシムさんは懐の深い人だった。
「で、わざわざ日本から何を聞きに来たんだい?」
2019年7月、オシムさんが住むオーストリア・グラーツ。初対面の私に「何の用だ」と言いながら、その目はとても優しかったことを覚えている。
オシムさんは1964年東京オリンピックでサッカー・ユーゴスラビア代表FWとして初来日し、日本に好感を持った。そのことは後年、日本で監督を引き受ける縁にもつながった。脳梗塞(こうそく)に倒れ、リハビリを続けていたオシムさんを訪ねたのは2度目の東京五輪を前に「スポーツと平和」について聞きたかったからだ。政治と戦争に、そのサッカー人生を翻弄(ほんろう)されたオシムさんに……。
会いに行った時も体が相当弱っており、妻アシマさんから「丸一日寝ている時もあるから、その時にならないと会えるかどうか分からない」と言われていた。指定されたホテルで昼前から待ち、アシマさんの運転する車が駐車場に現れたのが夕方。オシムさんの姿を見て驚いた。ふくよかだった頰はこけ、白いひげが顔を覆っていた。足腰が弱って一人では車から降りて歩くこともできず、私が肩を貸して支えながらゆっくりと歩を進めた。それでもやはりオシムさんは、ずしりと重かった。
「あの五輪での思い出は今も心の中に大きく残っている」。よどみなく語っていたオシムさんの言葉が止まったのは、故郷サラエボも激戦地となったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のことを聞いた時だった。長い沈黙だった。
「その複雑な気持ちを記述するには、トルストイ(「戦争と平和」の著者)でなければならない」
ため息とともに吐き出されたオシム節に、深い悲しみの色がにじんでいた。
旧ユーゴスラビアからの独立を巡り、イスラム系、セルビア系、クロアチア系の3民族が血で血を洗うような内戦に突入。95年の和平合意までの3年半で十数万人が犠牲になったといわれる。当時、オシムさんはセルビアの首都ベオグラードに滞在しており、アシマさんと長女は武装勢力に包囲されたサラエボに取り残された。「毎日のように知人が亡くなり、爆弾が落ちた。家族にもいつ何かあってもおかしくなかった。狂った時代だった」。妻と再会できたのは2年半後だった。
オシムさんに会う直前、私はサラエボを訪れていた。アシマさんたちが内戦時に暮らしていたというアパートには銃弾の跡があった。それは、オシムさんが監督を務めたチームのスタジアムにも、多くの人が今、暮らしているアパートにも。一方で、報道はされないが民族の壁を超えて助け合い、友情を育んだ事例も数多くあったことも知った。
最後のユーゴスラビア代表監督となったオシムさんは、分断されていく祖国を反映するかのように崩壊するチームの様子も目の当たりにした。それでも「スポーツで築いた本当の友情は戦争があってもなくならなかった」と言う。自らをコスモポリタン(国際人)と語り、「出身地や出自にこだわり、差別することは理解できない」と多文化共生社会の重要性も説いてくれた。サラエボに行って感じたことを告げると、うれしそうに笑って言ってくれた。「次はサラエボで会おう」と。
インタビューにはアシマさんがずっと付き添った。夫のポケットチーフがずれればすぐに手を伸ばして直し、髪の乱れに気づけば整える。取材後、お気に入りのイタリアンレストランで食卓を囲ませてもらった。「あまり酒は飲ませてはいけないの」と言っていたアシマさんは、夫が飲んでいた白ワインのグラスが空くと、そっと水を注いで私にウインクをした。オシムさんも黙ってそれを飲んでいた。
「病気との闘いは1―1の引き分け。自分が点を取れば、病気も点を取る状態だ。口ではいろいろ言えるが、つえをついたコーチでは駄目だね」。自身の闘病をサッカーに例えて語っていたオシムさん。試合終了の時が来るまで、懸命に走り続けたのだと思う。
新型コロナウイルスのまん延で、東京五輪は1年延期された。「不要不急」という言葉はスポーツ界にも向けられた。ヘイトクライムや差別が多発し、そしてロシアによるウクライナ侵攻により、分断が進んだ世界を見て何を思っていたのだろうか。
「そんなことも分からないのか」と笑われるかもしれない。でも、オシムさんの言葉を聞いてみたかった。【大島祥平】
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◇国内女子◇パナソニックオープンレディース 最終日(1日)◇浜野GC(千葉)◇6660yd(パー72)
首位と2打差の2位から出た西郷真央がボギーなしの1イーグル2バーディ「68」で回り、通算10アンダーと伸ばして逆転優勝を遂げた。首痛から3週ぶりに復帰した地元千葉での大会を制し、今季7戦で4勝目をマークした。西郷には2023年の米女子ツアー「HSBC女子世界選手権」の出場権が付与された。
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優勝スピーチで「復帰戦でまさか優勝できると思っていなかったので、驚いている。地元開催でいつも以上に力が入る中、すごくうれしい」と喜んだ。
通算8アンダー2位は首位から出たテレサ・ルー(台湾)。通算7アンダー3位に前週優勝の高橋彩華と前年覇者の上田桃子が入った。
この日ベスト「66」をマークした三ヶ島かなが、青木瀬令奈と並んで通算6アンダー5位。ともにツアールーキーの後藤未有と岩井明愛が通算5アンダー7位だった。
昨季賞金女王の稲見萌寧は1イーグル2バーディ、2ボギーの「70」で回り、通算イーブンパー34位で終えた。
<主な最終成績>
優勝/-9/西郷真央
2/-8/テレサ・ルー
3T/-7/高橋彩華、上田桃子
5T/-6/青木瀬令奈、三ヶ島かな
7T/-5/後藤未有、岩井明愛
9T/-4/西村優菜、申ジエ、金田久美子、酒井美紀、ペ・ソンウ、イ・ナリ、金澤志奈
巨人坂本勇人内野手(33)が1日、「右膝内側側副靱帯(じんたい)損傷」のため出場選手登録を抹消された。前日4月30日の阪神戦(東京ドーム)の守備中に痛め、8回の守備から交代。試合後、原監督は「ちょっと何か足が、というところなので。様子を見てというところでしょうね」と話していた。
坂本は今季はここまで29試合で打率2割8分3厘、3本塁打。勝負強い打撃と安定した守備だけではなく、主将として首位を走るチームを引っ張っていた。坂本に代わり、高卒2年目の中山礼都内野手(20)がプロ初昇格を果たした。
1日の阪神戦(東京ドーム)では、広岡大志内野手(25)が「2番遊撃」でスタメンに名を連ねた。